第40回少年の主張 福島県大会 優良賞

「うつくしま福島」の実現を目指して

川俣町立川俣中学校 3年 三浦 葵竜

 花見山、皆さんは花見山に行ったことがありますか。花見山は福島を代表する花の名所で、春になると色とりどりの花が咲いているとても美しいところです。そこは、ある農家の方が手入れをし、管理していると聞きました。元々は、その方が出荷している美しい花々をお客さんに見てもらおうと山を開放したのが始まりだそうです。

 先日、私は祖父と一緒に苗木を植えました。私の家の裏山に花桃を植えたのです。裏山には、何十種類もの花や木が植えてあります。特に祖母は、東日本大震災の後からたくさんの花を植え続けています。それを見ている私の母は、「小さな花見山みたいだね。」とよく言っています。

 私の家の仕事も、花農家です。トルコキキョウという花を栽培しています。7年前の震災の時は、放射能の影響で出荷できなくなりました。しかし、父が国や県の人たちと交渉し、何とか出荷させてほしいと頼み、農業を再開することができました。けれども、震災前に出荷していた野菜などの食べ物は、未だに出荷していません。

 そのような時、新聞で復興大使を募集していることを知りました。私は自分の家族のような、福島の農家のことを考え、彼らの頑張りや努力、そして、農作物の安全を全国の方々に知ってもらいたいと思い、応募しました。そして、大使として選ばれ、様々な経験をさせてもらうことができました。

 復興大使としての活動は、地域を活性化させている県外と福島県の浜通り地方への派遣がありました。

 県外への派遣は、新潟県十日町市津南町という所でした。そこでは、現代アートで町おこしをしていました。芸術作品が田んぼのあぜ道、道路、個人の敷地にまで町中にありました。そして、大勢の外国人観光客に驚きました。最初は反対する人も多く、20年かけて今のようになったそうです。私は、この地域から、今までにない、新しい発想やそれを実行する時の大変さを知りました。そして、それらを世界や首都圏などに向けて宣伝することが大切だと分かりました。

 次に、県内の派遣では、復興に取り組んでいるいくつかの場所を見学しました。特に私が印象に残ったのは、広野町での活動です。町内にある浅見川という川やその周辺の自然を守る活動でした。そこでは、以前の復興大使の方が中心となって取り組んでいました。

 その方達は、自然を大切に守っていきながら、町の再生につなげようと考え、行動していました。私は、外部の人達を呼んで新しいことを始めるのもいいけれど、被災した人達自身が、地域の自然や伝統を守りながら、復興につなげるのも良い考えだと思いました。

 私は将来、福島やふるさと川俣が豊かな自然を残しつつ、安心して人が集まってくることができるような地域になることを願っています。

 私達が暮らしている福島県は、もともと震災前からも花で有名な県だと思います。そして、父から聞いたことには、今、県内では花を育てる園芸農家の数や、花を見てもらうための個人の花畑が増えているそうです。そのようなことを生かしながら、県のイメージを作り、現実を知ってもらうようにできるといいと思います。復興大使として見てきた地域のように、新しいことにも挑戦したり、いままでの伝統も大切にしたりしながら。

 今日も家の周りでは、祖母が花や木を一生懸命植えていると思います。私は、小さな花見山が福島県内にいくつも増えていくことを願っています。安全で、訪れた人達が笑顔になれる花いっぱいの県「うつくしま福島」の実現をめざして。