第42回少年の主張 福島県大会 優良賞

困難を乗り越えるために

猪苗代町立東中学校 3年 渡辺 晴紀


 「今日、国内で新たに確認された感染者の数は、1,021人です。4日連続で1,000人を上回りました。」

 テレビをつければ毎日流れている「新型コロナウィルス感染症」のニュース。新聞でもインターネットでも、見聞きしない日はない。間違いなく今年一番の、いや、これから先も語られ続ける歴史的にも大きな出来事だろう。

 このウィルスは「パンデミック」「クラスター」「ロックダウン」などの馴染みのなかった言葉とともに、瞬く間に世界に広がり、僕たちの暮らしを一変させた。

 夏になっても街中を歩く人たちのほとんどがマスクをつけていて、レジに並べば床に貼られている間隔を空けるための印が目につく。「3密」や「ソーシャルディスタンス」という新しい言葉はすぐに私たちの生活に浸透していった。

 もちろん、僕たち中学生の学校生活にも大きな影響を与え、臨時休校により当たり前に送るはずの毎日は削られていった。休校が明けても、向かい合わせでの給食がくなったり、先生方が次亜塩素酸を持って、ドアノブや手すりなどを消毒していたり、さらには、校内陸上大会や学習旅行などの多くの人が集まり、不特定の人たちとの接触が考えられる行事は、延期や中止が余儀なくされたりした。ウィルスによって今までの生活はもうなくなっていたが、安全を考えれば仕方のないことだと考えていた。ただ、3年間続けてきた野球の集大成となる中体連総合大会が無くなったことは、本当に悲しかった。

 臨時の全校集会が開かれ、中止について校長先生から告げられたとき、僕は顔をうつむかせた。「県大会出場」を目標に掲げ、練習を頑張ってきたこれまでの3年間は何だったのだろう。部員数の足りなかったチームが他校と合同チームを組んでやっと手に入れた出場権だから、その思いはなおさらだった。

 1学年男子9人の僕らの学年から野球部に入部したのは、3人。先輩方がいた頃は何とか単独でチームを構成できたが、その先輩が抜けた後からはたったの4人となってしまい、試合どころか、毎日の練習さえ、ままならなくなった。それでも、顧問の先生の「人数が少ないからこそできることがある。」という言葉を信じ、チームメイトと励まし合いながら練習を続けてきた。

 こうした毎日は、意味がなかったのだと、やり場のない思いだけが募っていく。

 だけど、そんな私たち3年生のために、各中学校の顧問の先生は、感染対策に注意しながら、「交流試合」という形で、最後の晴れ舞台を用意してくれた。そして、試合当日には、マスクをつけながら僕たちを全力で応援してくれる父や母の姿があった。すごく嬉しかった。そして、そんな舞台で仲間とともに戦えることに誇りを感じた。

 結果は5対12。点数だけ見れば惨敗だ。それでも、「僕たちはたくさんの人たちに愛されているのだ。」と、温かな気持ちになれた最後の試合だった。

 新型コロナウィルス感染拡大によって中体連が中止になったことや、ずっと抱いてきた目標を断念せざるを得なかったことはつらいことだった。しかし、つらい思いをしたからこそ気づけた、人の優しさがある。そのことに目を向けられるようになったことは、部活動3年間の締めくくりとして、本当に意味のあることだと思う。

 そして、こうした人の優しさを思うとき、僕は9年前の出来事を思い出す。

 東日本大震災だ。

 東北地方を中心に東日本を襲ったこの大地震は、福島県に地震、津波、原爆、風評被害といったいくつもの災害をもたらした。震災当時、会津若松市に住んでいた僕は、津波などによる大きな被害を受けることはなかった。けれど、震災後、食べ物やガソリン不足に困窮したこと、そして放射線量測定値がニュースで流れるようになったことなど、自分のこれまでの生活が一変したことは覚えている。

 震災によって大きく変わった毎日を元に戻すのは容易なことではないだろう。だが、復興が進むにつれ、東北・福島でも人々の明るい笑顔が溢れるようになった。

 書店やインターネットで「東日本大震災」の情報を探すと、津波被害の写真や映像とともに、人々が助け合い困難を乗り越えてきたエピソードが多く見つかる。そのエピソード一つひとつからは、人の優しさや生きようとする強い気持ちが、切実に伝わってくる。きっと、そうした人たちの思いが、被災地の復興と笑顔の源となっているのだ。

 振り返れば、阪神淡路大震災、広島や九州北部豪雨災害など、これまでもたくさんの災害が僕たちの暮らしに大きな衝撃を与えてきた。おそらくその度に、人々はつらく悲しい思いをしてきただろう。けれど、どんな困難に直面しても、僕たちは互いを思いやる心は決してなくさなかったのではないだろうか。なぜなら、困難に直面したときこそ、人はその大切さに気づき、人が人を思う心の尊さを実感できるからだ。

 新型コロナウィルス感染症は、僕たちの当たり前の生活を揺るがし、新しい価値観への変革を迫っている。だが、どんなふうに環境が変化しても、僕は相互に思いやる優しい心だけは変わらず持っていたい。その心はきっと、どんな困難も乗り越えるための大きな力となるはずだ。